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IWA金沢トレイルコース完成記念「金沢城~金沢大学」開催!!

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IWA金沢トレイルコース完成記念「金沢城~金沢大学」開催!!

11月17日(日)石川県ウオーキング協会は金沢トレイル協議会が作定した、金沢トレイルコース完成記念「金沢城~金沢大学」を金沢トレイル協議会会員も含め95名の参加者で開催した。

■写真は金沢城公園新丸広場

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〇金沢トレイルコースとは

金沢トレイルは、金沢城公園から城下町金沢の里山や地域をつなぎ、白山へ続く73キロの道です。昨年末に完成した。

出発式では大路孝之石川県ウオーキング協会会長、河崎仁志金沢トレイル協議会理事長が金沢トレイルコース説明とあいさつし、9:05ごろスタートした。

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■写真はスタートする参加者

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大手門から尾張町、久保市乙剣宮の大ケヤキを見て暗がり坂、主計町、東山観音通り、観音院から菖蒲園で休憩。卯辰山公園から仏舎利塔経由奥卯辰山健民公園トンボテラスで休憩し、金沢大学創立50周年記念「金沢大学角間の里」、杜の里イオンに12:15ごろゴールした。

■写真は大手門の参加者

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■写真は主計町列詰めの参加者

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■写真はひがし茶屋街観音通りの参加者

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未明かなりの雨が降ったが、出発式のころは止み、気温も上昇して、卯辰山の登りもあり、またあざやかな紅葉にも恵まれ、気持ちのいいウオーキングを楽しんだ。
今回も新しい方の参加者が多く参加していただきました。

■写真は卯辰山の参加者

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□コース(10キロ)
金沢城新丸広場~尾張町~主計町~ひがし茶屋街~卯辰山公園~奥卯辰山健民公園~金沢大学角間キャンパス~杜の里イオン(ゴール)
■写真は奥卯辰山のびのび交流館 とんぼテラスの参加者

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■写真は金沢大学創立50周年記念「角間の里」前の参加者

 

UWA紅葉ウオーク「白山さんと樹木公園をめぐる」開催!

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11月9日(土)内灘ウオーキング協会は白山市白山市鶴来支所発着の紅葉ウオーク「白山さんと樹木公園をめぐる」を30名の参加者で開催した。

開会式後、白山市鶴来支所をスタートし、おはぎ屋、白山比咩神社、樹木公園、獅子吼ロープウエイ山麓駅、鶴来別院、金劒宮そして最後の一閑寺では岩に掘られた大きなおを参詣しゴールした。

■写真は白山比咩神社

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■写真は石川県樹木公園

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■写真はパーク獅子吼で集合写真
〇一閑寺

不動明王像は、高さが約8メートルあり、自然の1枚石に刻まれた日本最大級の磨崖仏(まがいぶつ)です。眼病治癒の霊験があるほか、商売繁盛、魔除けのご利益があるとして人々の信仰を集めている。

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最低気温6度、雲一つ無い好天に恵まれ、参加者は心地の良いウオーキングを満喫した。

■写真は一閑寺不動明王参詣

□情報・写真提供:UWA橋本吉昭、IWA大谷勝 氏

KWA「コマツ金沢工場見学ウオーク11キロ」開催!

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KWA「コマツ金沢工場見学ウオーク11キロ」開催!

小松ウオーキング協会は11月8日(金)北鉄内灘駅発着の」「コマツ金沢工場見学ウオーク11キロ」を70名の参加者で開催した。
受付では例会と来年度の会費納入が行われ、開会式ごスタートした。

■写真は受付

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コマツ金沢工場では他の工場では見られない産業機械の大型~中型までのプレス機械、又、アジアなどの露天掘り鉱山向けのマイニングマシーンと鉱山機械が生産されている。出荷は工場横大浜埠頭より船で出荷されるとのこと。
参加者は、機械の大きさや、工場のきれいさに感心した。コマツ工場を後にし、金沢市ものづくり会館で昼食となった。

■写真はスタートする参加者

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昼食後は林帯遊歩道をウオークし、中国庭園、恐竜公園に向かいました。鶴ヶ丘神社を経由し、恐竜公園で休憩、内灘役場から医科大通りを経由して、内灘駅にゴールした。
好天に恵まれ、晩秋のさわやかなウオークと工場見学でひと時を過ごした。

■写真は金沢市ものづくり会館

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■写真は鉄板道路説明看板

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■写真は遊歩道の参加者

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■写真は鶴が丘神社

□情報・写真提供:KWA 村中勝二 氏

 

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑭が開催された。その2

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑭が開催された。その2

11月13日(水)石川県ウオーキング協会は長野駅において東京2020応援プログラム
「金沢~東京 参勤ウオーク」14日目戸倉駅→坂木宿→上田宿柳町→上田駅19kmを60名の参加者で開催した。

〇坂木宿本陣跡(ふるさと歴史館)
大壁造りの本陣表門が残る。坂木宿ふるさと歴史館の木造三階建ては医院として、昭和初期に建てられたもの。
■写真は坂木宿本陣跡

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■写真は坂城駅をスタートする参加者

〇村上義清公墓所(供養塔)
葛尾城主。武田信玄の度々の侵略に対抗し互角に戦い、上田原の合戦では信玄を破る。しかし、支城を次々に落とされ、ついには長尾景虎を頼り越後へ脱出。景虎の加勢を受けるも旧領復帰は果たせず、越後根知城にて病没した。

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■写真は村上義清公墓所

〇甘泉の碑

加賀藩前田の殿様も好んだと伝わる名水が湧き出ており、甘泉と名付けられた。碑文は中之条代官男谷燕斎(彦四郎)によるもの。

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〇鼠宿跡
珍名の宿場「鼠宿」がある。幕府公認の宿場ではなく松代藩の私宿で、後に上田宿と坂木宿の中間にある間の宿として栄えました。

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■写真は松代藩産所(明治天皇小休所)

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■写真は昼食を済ませ「みそ蔵」をスタートする参加者

〇鼠の岩鼻
古くから岩鼻は天下の嶮として知られ、江戸時代には岩鼻の岸壁の下を北国街道が通り、千曲川が出水すると通行不能となりっていた。

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■写真は岩鼻
〇上田宿柳町
柳町は善光寺街道(北国街道)時代の面影を残す町並。柳町には「うだつ」、格子戸の商家が並んでいる、宿場時代には主に旅館、呉服屋などが軒を連ねていた。

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■写真は上田宿柳町

〇上田城
真田信繁(幸村)の父、真田昌幸によって天正11年(1583)築城された上田城は第1次・第2次上田合戦で徳川軍を2度にわたり撃退した難攻不落の城として知られています。日本百名城 27番・日本夜景遺産に認定されている。

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■写真は帰りに有志で訪れた上田城

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑭が開催された。その1

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑭が開催された。その1

11月13日(水)石川県ウオーキング協会は長野駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」14日目戸倉駅→坂木宿→上田宿柳町→上田駅19kmを60名の参加者で開催した。

出発式では大路孝之石川県ウオーキング協会会長があいさつし、竿下るり子JWA指導員がストレッチをして、スタートした。

■写真は戸倉駅での参加者

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■写真は開会式の坂城町ボランティアガイドのご挨拶

〇戸倉宿
元和8年(1622)戸倉村が上下に分村したため、2キロ離れて2宿が誕生した。問屋業務は月の21日までは下戸倉宿、以降は上戸倉宿が務め、2宿で間の宿となっていた。下戸倉宿本陣は蔵元坂井銘醸(下の酒屋)前にある。

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■写真は戸倉駅スタートの参加者

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■写真は明治天皇御在所跡

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〇上戸倉本陣、玉井家
上戸倉宿の中程に100坪程の空地が在り、ここは上戸倉本陣「玉井家」の敷地で、上戸倉本陣は当初、玉井家が勤め幕末期より少し先の小出家が勤めていた。

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■写真は上戸倉宿の船つなぎ石碑(千曲川が現在の国道18号線近くまであった)

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■写真は冠雪の白馬岳

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■写真は苅屋原ミニパークで説明を聞く参加者

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■写真は横吹坂の道図

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■写真は坂城町に入る参加者

(つづく)

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑬が開催された。その2

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑬が開催された。その2

11月12日(水)石川県ウオーキング協会は長野駅において東京2020応援プログラム
「金沢~東京 参勤ウオーク」13日目長野駅→丹波島宿→矢代宿→戸倉駅22kmを60名の参加者で開催した。
■写真は休憩後氷鉋公園をスタートする参加者

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■写真は昼食後ししののい公園をスタートする参加者

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■写真は千曲川篠ノ井橋を渡る参加者

〇矢代宿
矢代宿(千曲市屋代)は、北国街道の宿場のひとつで戸倉宿と丹波島宿の間に位置した。宿の成立は、慶長11年(1611)に松平忠輝が矢代村へ「伝馬書」を出しており、その頃であると考えられる。

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■写真は矢代宿明治天皇小休所碑

〇矢代宿柿崎脇本陣跡碑
柿崎平九郎家の石標がある。古地図では脇本陣の隣が本陣だが、今は跡形もない。

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■写真は柿崎脇本陣跡碑

〇須々岐水神社
社伝によれば白鳳2年(651)一重山の腰惣に創建という。 平安時代には延喜式の神名帳に列した。 鎮座の地は幾多変遷の後、明治42年に一旦当地にあったが、故あって一重山尾根の東の地に鎮座した。 しかし当地に永久の奉祀を願い再び鎮座して、平成11年5月22日鎮座の祝典を挙行した。

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■写真は須々岐水神社前の参加者

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■写真は屋代市街地の参加者

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■写真は屋代駅をスタートする参加者

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■写真は芭蕉句碑

朝は冷え込んだが、日差しがよくウインドブレーカもいらない最高のウオーキング日和に恵まれ。15:40頃戸倉駅にゴールした。

 

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑬が開催された。その1

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑬が開催された。その1

11月12日(水)石川県ウオーキング協会は長野駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」13日目長野駅→丹波島宿→矢代宿→戸倉駅22kmを60名の参加者で開催した。

出発式では大路孝之石川県ウオーキング協会会長があいさつし、集合写真を撮影してスタートした。

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■写真は長野駅東口をスタートする参加者

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■写真は丹波島の渡し跡

〇丹波島宿本陣跡
丹波島宿は慶長16年(1611)に設立された北国街道の宿場町で、本陣や脇本陣が設置され東西6町(約654m)であった。本陣門と明治天皇小休所跡碑がある。

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■写真は丹波島宿本陣跡

〇丹波島宿問屋場宿の中程に高札場が有り、その直ぐ隣の冠木門の家屋が丹波島宿の問屋場「柳島家」。

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■写真は丹波島宿問屋場
〇丹波島宿の鍾馗様
代々受け継いできた家(旅籠)の守り神・鍾馗(しょうき)様が今でも数軒の小屋根に飾られている。

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■写真は鍾馗様

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■写真は丹波島宿古地図

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〇於佐加神社
丹波島宿の西枡形にある。於佐加神社は丹波島宿の鎮守で宿場開設後の寛文2年(1662)に諏訪川原より移設され、社内には秋葉社、弥栄社、三峰社、天満社、金毘羅社、住吉社、新津権現、道祖神、庚申塚の9社が祀られている。

■写真は於佐加神社

(つづく)

KWA「吉野工芸の里と手取峡谷を訪ねる」が開催された!

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KWA「吉野工芸の里と手取峡谷を訪ねる」が開催された!

10月27日小松ウオーキング協会は道の駅一向一揆の里において「吉野工芸の里と手取峡谷を訪ねる」を75名の参加者で開催した。

開会式では、西川会長があいさつし、遠路福井市から参加された女性の新入会員が紹介され、ストレッチしスタートした。

■写真は受付

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左手城山の鳥越城址を眺めながら、バードハミング鳥越で休憩。大巻どんど橋をから
吉野オートキャンプ場に到着、このころより小降りになり、吉野工芸の里に到着。
当地で人気のある大判焼を買い求め行列ができ、1時間待ちとの噂が広がり購入を諦め
た方が大いたとか。ほかの方は展示館や、御仏供スギなどを見学ていた。

■写真はスタートする参加者

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■写真は大巻どんど橋の参加者

ここでA・Bコースが分離し、Bコースは黄門橋を通りゴールに向かった。Aコースは雨脚の強まる中、白山麓体育館、不老橋経由、綿が滝に行く予定が雨の為、滝の見学を諦め、キャニオンロードを進み、無事道の駅一向一揆の里にゴールした。

□コース:Aコース=13キロ、Bコース7キロ

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■写真は大判焼きお店前参加者

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■写真は工芸展示館参加者

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■写真は不老橋参加者

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■写真はキャニオロードの参加者

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■写真はゴールの参加者

□写真・情報提供:KWA 村中勝二 氏

 

 

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑫が開催された!

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑫が開催!

10月24日(水)石川県ウオーキング協会は北しなの鉄道牟礼駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」12日目を50名の参加者で開催した。

出発式では谷内廸子石川県ウオーキング協会副会長があいさつし、牟礼観光協会の方から歓迎のあいさつをいただき、ストレッチしてスタートした。

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四ッ屋一里塚前を経由、牟礼農林産物直売所で休憩。ここでは採れたてのリンゴや野菜の販売がされていた。庚申塚古墳、明治天皇田子御小休所、新町宿・飯山街道分岐点を経由、皇足穂吉田大御神宮にて昼食を摂り、善光寺に全員無事ゴールした。
各自善光寺にお参りして長野駅に到着。コース17キロ

■写真は牟礼駅

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〇四ッ屋一里塚
四ッ屋集落の旧北国街道端左右に、一里塚がほぼ完全に残っています。

■写真は四ッ屋一里塚の参加者

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■写真は牟礼農林産物直売所

〇庚申塚古墳
善光寺平を一望できる高台にある全長52mの前方後円墳。後円部径約31m、葺石・埴輪を備える。後円部西側で幅約5mの堀が確認されている。5世紀前半の築造。

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〇明治天皇田子御小休所
明治12年9月10日北陸御巡幸中の明治天皇が当地で小憩された。一行は右大臣岩倉具視以下の文武百官千人を越える大行列であった。

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〇飯山道道標
道標には「右 いい山 なかの 志ふゆ くさつ道」「左 北國往還」と彫られている。

■写真は飯山道道標

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■写真は長野市道標

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〇善光寺
長野市元善町にある無宗派の単立寺院で、日本最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とし、善光寺聖の勧進や出開帳などによって、江戸時代末には、「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになった。御本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれている。

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〇善光寺宿
善光寺門前に開けた宿場で、北陸諸国の大名が参勤交代の定宿とした。車道にも石畳が敷かれた門前の参道沿いにはかつての本陣、脇本陣をはじめ江戸期からの老舗が軒を連ねている。

□写真・情報提供:大谷勝 氏

 

東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑪が開催された!

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東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」⑪が開催された!

10月23日(水)石川県ウオーキング協会は北しなの妙高高原駅において東京2020応援プログラム「金沢~東京 参勤ウオーク」11日目を妙高香華根来において長野県の参加者3名も含め55名の参加者で開催した。

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出発式では大路孝之石川県ウオーキング協会会長があいさつし、須坂ウオーキング協会の
方から歓迎のあいさつをいただき、ストレッチしてスタートした。

■写真は妙高高原駅

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関川の関所では歓迎を受けて、道の駅歴史館を見学。関川を渡り信濃に入り、紅葉の野尻宿本陣跡から野尻一里塚。野尻物産センターで休憩。小林一茶旧宅、古間宿経由江戸時代の雰囲気を味わいながら小玉古道進み小玉一里塚。武州・加州道中境で記念写真を撮り、牟礼宿、牟礼駅に無事全員ゴールした。コースは20キロ。

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〇関川関所道の歴史館

五街道に次ぐ重要な交通路として発達した北国街道の要であった、関川の関所を再現している。幕府の指示により高田藩が管轄する関所で、全国にある53関の中でも重き関所で佐渡金山から金を運ぶ江戸へ向かう厳しい関所であった。門の外に「きんさん ぎんさん像がある。

■写真は関川関所では歓迎を受ける参加者

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〇野尻宿本陣跡

天明元年(1781)ころの野尻宿には、公用通行に人馬を提供する76軒の伝馬屋敷があり、10軒余の旅籠屋があった。本陣跡標がある。

〇野尻一里塚

北国街道で一対の一里塚が完全に残っているのは野尻・稲積とここだけ。 徳川家康は「一里塚に植える木は『余の木』でよい(なんでもよい)」と命じたのを「エノキ」と聞き間違えたため一里塚にはエノキが植えられたという。

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〇柏原宿本陣跡
鳥居川の南にある古間宿と合宿で、月の前半を柏原宿、後半を古間宿で分担した。
■写真は柏原宿本陣跡

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〇小玉古道
北陸地方と中山道を結ぶ道として江戸時代初めに開かれ佐渡の金銀や加賀大名の参勤交代が行き来した歴史の道です。この小玉古道は北国街道の児玉地区に残る昔ながらの土の路面と山道の景観が一番長い距離で残っているとも言われている。この道は美しい日本の歩きたくなるみち500選に選ばれている。

■写真は小玉古道の参加者
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〇小玉一里塚跡
小玉一里塚からは鳥居川の断崖越しに次の四ツ屋一里塚が見える。この近くから古道に入る。

■写真は小玉一里塚跡

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〇武州・加州道中境
江戸と加賀の中間地点ここを通過すると、加賀と江戸へそれぞれの藩に早馬を走らせた。

■写真は武州・加州道中境

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〇牟礼宿
古くから越後と善光寺平を結ぶ交通の要衝の牟礼宿。中世には島津氏の居城・矢筒城の城下町として発展し、慶長16年(1611)には宿場町「牟礼宿」として正式に認められた。

□写真・情報提供:IWA大谷勝、広野正芳 氏